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出会いから見つけた「美しい」のかたち

 

 

お   名   前:後藤 尚子 様

卒       業:1992年3月

お世話になった先生:古山先生 岩田先生 植田先生 シスター高嶋 磯部先生

ご   職   業:エステ、メイクスクール経営、接客マナー講師、美容業界コンサルタント

連   絡   先:naonan116@gmail.com

Q.現在のお仕事について教えてください。

現在は、大阪の天満橋でエステサロン・メイクスクールの経営と外部で接客マナー講師・美容業界コンサルをしています。
独立する前は資生堂に入社し、販売員を指導するトレーナーをしておりました。

Q.なぜこの仕事を目指そうと思ったのですか?

私が美容業界に入ったのは、一人の面接官に一目惚れしたのがきっかけですね。
20歳の時の私は主体性がなかったのでとにかく自分を変えたいと思い、アルバイトを20社以上受けるようにしたのですが、どれも受かりませんでした(笑)
そんな時、最後に受けたケサランパサランのメイクブランドの面接で出会った女性部長がとてもきれいな方で、「自分も彼女のように輝けるような人になりたい」と一目見て思ったんです。
そこから電話で採用の連絡をいただき、憧れの人と一緒に働ける嬉しさのあまり「ご一緒に働けて嬉しいです」と電話で事務の人に言ったことは今でも覚えています(笑)

その女性部長の方は、私が失敗してお客様に怒られたときには、いっしょに謝りに行ってくれたり、私を励ましてくれたりと部下をしっかり守ってくれる方でしたので、本当にカッコよくて魅力的な人でした。
どう生きるのが良いのか分からなくなっていた時期に、彼女に出会えたことは本当に幸せでしたね。
もしあの出会いがなかったら、私はこの業界に入っていなかったかもしれません。

Q.実際に働いてみてどうですか?

資生堂に入社したばかりの頃、私は自分の芯となる部分があまり確立しておらず、上司の指示にも疑問を持たずに従っていました。
それでも、人を指導する重責やコミュニケーション方法など、学ぶべきことは多くありました。

独立後は、会社勤めでは出会えなかった人々との出会いがあったり、年を重ねても、新しい挑戦に楽しみを感じることができるので楽しいですね。

一方で、一人で解決しなければならないことが多く、企業に勤めていた時は多くの人と協力してプロジェクトを進めていたので、その違いに戸惑いを感じることもありますが、恵まれた環境にいたと感謝しています。

Q.この仕事のやりがいは?

「人生を楽しみたい」と感じた人がどんどん美しくなっていく姿を見たときに幸せを感じます。
これまで綺麗になれたことがきっかけで自分に自信がついた人をたくさん見ることができました。

今でも嬉しくて覚えているのですが、ある日、アイラインを買いに来られた女の子がいたんです。
その子は肌の悩みを抱えながらも、「かわいくなりたい」と相談してくれたので、アイラインの引き方を教え、購入してもらったのですが、私はどうしても彼女の肌の悩みを改善してあげたくなったので、スキンケアのサンプル品を一週間分プレゼントし、使い方をアドバイスをしました。
その1週間後に、彼女が再び来店してくれて、肌がよくなったことを報告しに来てくれたんです。
それからはずっと私が担当しているお店に通ってくれて、成人式の日に振袖姿を見せてくれたり、結婚式にも招待してくれる仲になりましたね。
彼女から「今の自分があるのはあの時、後藤さんがサンプルをくれたおかげで自分に自信が持てるようになったからです。後藤さんのおかげで人生が変わりました。」と言われた時、私はとても大きなやりがいを感じたんです。

この出来事をきっかけに彼女のように美しくなったことをきっかけに人生がキラキラした人をもっと増やしたいと思うようになりましたね。
単に綺麗になる「モノ」を売って紹介するのではなく、綺麗になる「コト」を売りたいと考えるようになり、資生堂を退職し、独立しました。

Q.仁川学院時代に学んだことで今の仕事に生きていることはありますか?

子供のころはよくわかりませんでしたが、【和と善】の教えです。
私が幼稚園から高校までずっとキリスト教の学校に通っていました。
振り返ると、様々な困難があったものの、一生懸命感謝しながら取り組むことができました。
それができたのは神様が私一人では成し得ないことを助けてくださっていることに感謝し、すべての出来事に感謝することの大切さを教えてくれた仁川学院なんだと思います。

あと、キリスト教の文化によって生まれた芸術が常にそばにある環境により、興味の幅が広がったと思います。
スロープがあり、真ん中にマリア様の像があって、周りには木々が生い茂るような学校の雰囲気や校舎のデザインが、私の人格形成に深く関わっていると感じています。
小学校の頃、右側には古い木造の美術室があり、昔の教会の雰囲気もとても素敵でした。
ガラス絵を描くような活動もあり、そういった経験が私にとって特別な思い出となっています。

Q.仁川学院時代の恩師との思い出エピソードがありましたらお聞かせください。

芸大を目指していた時は、古山先生には、大変お世話になりました。

シスターの皆様にも大変お世話になり、クリスマスにはシスターのお家に泊まらせていただきました。
シスターが作ってくださったパエリアを初めて食べたときの感動は今でも忘れられません。

国語の辞書をどこかに置き忘れたとき、伊藤先生が510(ゴトウ)と黒マジックで大きく書いてくださったことも良い思い出です。それから、元々数学が苦手だった私ですが、清水先生の分かりやすくて楽しい授業のおかげで、数学が好きになりました。

Q.仁川学院卒業後は、どのようにしておられましたか?

大阪芸術大学短期部に入学し、卒業後は自分の目指す方向が見つからず、アルバイトを探すためにいくつかの会社で面接を受けました。
その中で、ケサランパサランのメイクブランドの面接に行った際、素敵な女性部長に出会い、私も輝く仕事がしたいと強く思い、化粧品の業界に飛び込みました。
そこから資生堂ジャパンに入社し、販売員へのトレーニングを行った後、店頭マネージャーを経て、海外ブランドの事業部に配属され、バーバリービューティーとドルチェ&ガッバーナビューティーのトレーナーとしてブランドの立ち上げと育成に携わりました。
ドルチェ&ガッバーナビューティーの撤退を機に退社し、「美しさは正義!!」という理念のもと、本当に必要なことを伝えたいという思いから独立しました。

Q.仁川学院時代の印象に残っている思い出はありますか?

小学校の頃、マリア様の日にみんなで校庭を歩きながらマリア様の像を持っていたことがとても印象に残っていますが、同級生に聞いても誰もそのことを覚えていないので、もしかしたら夢だったのかもしれません。
震災前の小中学校の校舎は、廊下が大理石でとても雰囲気があり、今でもその校舎の夢を見ることがあります。

チャペルが本当に素敵で、みんなで「ここで結婚式を挙げたいね!」と話していたのを思い出します。
また、コルベ講堂ができたときのステンドグラスやパイプオルガンの音に感動したことが、今の自分の感性に繋がっていると感じます。

毎年寒い中で計画を立ててガラス絵を描くことが大好きでした。

さらに、大映ドラマのシンクロの撮影で宮沢りえさんが来たことがとても嬉しかったのを覚えています。

一問一答

Q.仁川学院に入学しようと思ったのは何故ですか?

気づいたら入学してました(笑)

Q.あなたが思う仁川学院の一番いいところを教えてください。

一人一人の個性を大切にしてくれるところ。感性を育ててくれること

Q.もし、今の記憶のまま仁川学院時代に戻れるとしたら何をしますか?

小学校の英語の授業を一生懸命がんばります。

Q.仁川学院の卒業生の皆様に何かPRしたいことはございますか?

最近、のを開設しましたので是非、見に来てください。
▼YouTubeチャンネルはこちらから▼
40代からのメイク大学【教えて!NAOKO先生】 – YouTube

Q.仕事や趣味で繋がりたい方がいましたら教えてください。

「美しくなりたい」「かわいくなりたい」方は是非、ご相談ください。
▼ご相談はこちらから▼
大阪府大阪市中央区のエステならhomelu0

Q.最後に仁川学院学生の皆様にメッセージをお願いします。

人生はいつでも自分で創造できます。
だから先のことはほどほどにして今を精一杯楽しんでください。
そして、美しさとは、自分が自分らしくいると決めることです。
18歳までに経験したことや見たことが、自分の軸をつくります。
だからこそ、素晴らしい文化に触れ、感じることで、本当の美しさが見えてきます。
仁川学院という素晴らしい場所をステップに、素敵な人生を始める準備をしてくださいね!!

インタビューを終えて

インタビュー中の後藤様は、とても明るく、時々冗談も交えつつお話してくださり、楽しい時間を過ごさせていただきました。
特に印象的だったのが後藤様にとっての「美しさ」とは見た目が美人という意味ではなく、自分に自信を持ち、人生に前向きに向き合うことを重要視され、そのお手伝いができる仕事に携われていることに誇りを持っていることが伺えます。
学生時代では、自分の人生における「軸」が見つからず苦労されていたようですがそれでもそんな自分を変えようと行動を起こし続けた結果が今の「美しさ」の定義につながっているのだと思います。

後藤様、お忙しい中インタビューに快く応じてくださり、ありがとうございました。