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芸能活動で培った「芝居力」で生き抜いた「ピンチをチャンスに」した人生

田中 孝治 様

卒業:1995年3月

当時の部活動:アメリカンフットボール部

お世話になった先生:定岡先生

勤務先:一般社団法人 日本野外研修ワークショップ協会 代表理事
      株式会社 ワークショップリゾート 取締役 副社長
      株式会社 エ・ネスト 所属 (芸能マネジメントプロダクション 文化人タレント)

連絡先:Facebook https://www.facebook.com/kouji.tanaka.7/
      メールアドレス tanaka@workshopresort.com
      プロモーション動画 https://youtu.be/hCezTZb9MBM 

HP:https://www.jowa.fun/ 

Q.現在のお仕事について教えてください。

企業向けの研修やそのノウハウを提供するビジネスを行っています。 特にコアの事業としては、野外(冬季は屋内でも行います。)自然の中風通しの良い野外で研修を行うことで「人」そのものの奥底にある部分に触れながら、チームビルディングを行ったり、チームを作る人をつくるなど様々なプログラムを提供しています。 一時、コロナウィルスの流行によって対面で行うコンテンツであるが故に全てを失うようなことになるかと心配しましたが、野外でできるということで、逆に追い風となり、ずっと先まで予約が取れないほどの研修コンテンツになるまで成長しました。 また名だたる大手企業様からの研修のご依頼や、ノウハウ提供のご依頼など当初は考えもつかなかった形に展開をしています。 自分自身で過去の経験を活かしつつ作り上げてきたことで、世界的ベストセラー『7つの習慣』とコラボレーションした世界初『7つの習慣』を野外で学べる社員研修プログラム「7つの習慣🄬Outdoor」の世界初の認定講師となり、さらに講師の育成や、他社企業とコラボレーションする新しい野外研修プログラム開発等も日本全国を対象に活動しております。

「人」の根っこの部分に触れていくプログラムなので、企業や団体、チームなどあらゆるコミュニティにおけるどの階層へ向けての研修でも基本的には同じ内容で提供しています。(もちろん多少のカスタマイズは致します) そういう意味で、どんな分野にも、どんな階層、場面、例えば新人研修であろうと、役員研修であろうとも通用するメソッドをつくり上げることが出来ました。

Q.なぜこの仕事を目指そうと思ったのですか?

私は小さいころから、親戚が芸能界いまして、楽屋に遊びに行ったりする中で「芸能界」「お芝居」といったものに憧れと、その世界に具体的に行きたいという気持ちとを持ちながら過ごしていました。 その後仁川学院在学中に心臓病になってしまって、アメリカンフットボールを続けられなくなってしまいました。 それが転機となり、役者を本格的にめざす気持ちになっていきました。 芸術大学の演劇科を卒業後、すぐにプロとして道頓堀の中座に出演いたしました。 その後早い段階で舞台はもちろん「暴れん坊将軍」などに出演するなど順調にキャリアを積み上げていました。 その当時27歳くらいで、アルバイトなどせず役者の給料で生活できたのは、周りでは私だけだったと思います。

さらには、役者の養成所の講師として、その時点で「先生」にもなっていました。
しかし、周りは芸事で食べていけず、夢をあきらめていく方が多い中で・・・「新しい、芸能界の形」を模索しておりました。

そんな中、清水國明(タレント)氏が、劇場を立ち上げるということで、一度お話聞かせて欲しいと機会を頂きました。 そのプランは、当時、清水國明氏はアウトドアタレントとして世の中には広く知られていまして、富士山の麓でキャンプ場を運営していました。 しかしキャンプ場の集客が思うように行っていなかったので、集客の手として「劇場」を立ち上げるというプランでした。 清水國明氏からの「明日からこれるか?」の言葉にワクワクの気持ちで飛び込んだわけです。

今思えば。。。なビジネスモデルではありますが。大物タレントを呼べば、瞬時的には集客できますが、ずっとは続かず、名の知れてない歌手だとかで舞台を埋める日々が続き、経営は瞬く間に悪くなっていきました。 そうしているうちに当時40名いた社員のうち36名がいっぺんに退職するという大事件が起きました。

その時期、清水國明氏は、「好きなことやって楽しめ」と声をかけ続けてくれていました。 スタッフいない、お金がない2重苦中でも色々と自分なりに、その言葉通り「好きなことを楽しむ」、自分のミッションは劇場を潤わせることと思い続けて努力し、奇跡というべき、40名の社員がいた時よりも、4名になって、2倍の集客ができるようになっていました。

そうした活動をしているときに、企業様から、「キャンプ場で研修できないか?」と。。。しかも「演劇」を取り入れた研修でチームビルディングを目的としたものを提供してほしいと依頼が来ました。 突然の依頼で最初戸惑いましたが、お芝居を作るときなどは、劇を完成させていくという過程で、人間関係をつくっていくという考え方をしているのを思い出し、これは使えるかもと思ったとたんに何かできるような気がして「研修」自体は見よう見まね、「演劇」の要素は自分自身が経験してきたこと「40名の社員が4名になり、倒産の危機を乗越えたノウハウ」これをミックスしながらなんとかスタートし、一番は演劇で培った「お客様に学ぶ!」を実践しながら活動を続け今の形が出来上がっていったのが、きっかけです。 そこからさらに磨きをかけ研修の開催とノウハウを提供するビジネスを続けております。

Q.実際に働いてみてどうですか?

当時は想像もしておりませんでしたが、様々な場面でこのコンテンツをご利用頂けるようになり、日々充実しています。 みなさんにこのコンテンツが浸透してく過程ですごくありがたかった一つの例としては、古いリゾートホテル。なんて言うんでしょうか、昭和のまま建物が残っているような、そういう場所は、「古いけど建物ある、自然ある、ホテルの中にコンテンツない」という条件で、そういった集客力が弱くなってしまったホテルさんと野外で研修を行うと、企業様の利用が多い、平日稼働が埋まる為、すごく相性が良く今も沢山のご依頼があります。 

Q.この仕事のやりがいは?

単なる学びや気づきを一方的に提供するだけでなく、心に触れる体験を提供しているので、時には涙するようなこともあり、その場でお客様の反応を感じられるところだと思います。 また最近では、自分が提供している研修メソッドを学び、より多くの方に届けたいというかたも増えてきて、やり方や考え方を自分以外の方が広げてくださっているのは、感慨深いです。

自分でない方がコンテンツ提供されることに関しては、品質を保っていくことを大切にしています。 ですので時々その研修に同行して確認をしたりと大変ですが、広げてくださる皆さんに感謝しています。

過去に携わっていたテレビや映画のお仕事の場合、ブラウン管やスクリーンを見ているお客様とは交われません。そのため私は舞台が好きでした。 さらにもっとお客様と交われるのがこの社員研修です。 役者、田中孝治としては究極のステージです。 

今まで14年間で1,287社 約5.1万人の社員様にご利用いただき、「内定辞退を防止できた」「離職率が低下した」「研修後の効果が8年経った今でも継続している」「あきらかに職場が明るくなった」等、研修後に目に見える効果を報告いただけること、また受講生が引率として成長して戻ってきてくれる時がすごく嬉しいですね!

Q.仁川学院時代に学んだことで今の仕事に生きていることはありますか?

自分自身の人生を振り返ると、常にピンチがチャンスになってきたと思います。 高校2年生の終わりに心電図で引っかかり、検査の結果「wpw症候群」という心臓病が見つかり、高校3年生の引退試合を目指すことなく、部活を引退せざるを得ないピンチの状況になりました。

それが、今をつくるきっかけになりました「役者」の道を目指すことにつながりました。

当時、高校2年生の私にはずいぶんショックな出来事でした。部活も同級生たちとは違うタイミングで引退し、高校に通いながら演劇学校に通いました。 また、長年おちこぼれていた勉強ではなく「演劇」で大学を目指すことができるチャンスも訪れ、「なりたかった自分」に生まれ変わるきっかけを与えてくれたのが仁川学院時代に心臓病になったショックの中でも自分を見失わず前に進めたことが今の仕事に生きている大切な学びです。

Q.どんな学生時代を過ごされていましたか?

すごくたくさんの恋をしました(笑)

ある時後輩とのお付き合いが皆さんに知れ渡り、クラスメイト全員に、私が胴上げされながら校内を練り歩くということがありました仁川学院の当時のノリ。。でしょうか(笑)

あとは、せっかく仁川学院に入学したのだからと「カトリック同好会」を立ちあげました。 現在のHPを見たら「カトリック研究同好会⇒聖歌・合唱同好会を経て、2020年に聖歌合唱部になりました。」と約28年の時を得て部活になってくれたのは嬉しいです。

Q.仁川学院卒業後は、どのようにしておられましたか?

卒業後はプロの役者として「暴れん坊将軍」「水戸黄門」「遠山の金さん」などの有名な作品に出演させていただき、マツケンサンバも踊っていました。

Q.仁川学院時代の印象に残っている思い出はありますか?

柳原先生という確か古文の先生だったと思いますが、大阪芸術大学舞台芸術学科演劇コースを目指していた私ともう一人の同級生に、私は演劇をやっていたからと、毎日のようにセリフを聞いて頂いたりして受験のための指導を熱心にしてくださったのが思い出です。そのおかげで2人とも合格できました。

一問一答

Q.仁川学院に入学しようと思ったのは何故ですか?

土日お休みだったので(私のころは よそは日曜日だけのお休みでした。)

Q.あなたが思う仁川学院の一番いいところを教えてください。

やっぱり、カトリックの環境です。 学校に神父様やシスターが歩いている環境だと思います。

Q.もし、今の記憶のまま仁川学院時代に戻れるとしたら何をしますか?

もっと上手に恋愛します(笑)

Q.仁川学院の卒業生の皆様に何かPRしたいことはございますか?

「倒産寸前のキャンプ場が従業員数10分の1で来場者がなんと2倍に!奇跡のV字回復」をもとにしたアウトドアで社員研修1年前に予約が埋まる人気研修のノウハウを書籍にいたしましたのでPRしたいです。 会社の代表の方や人事総務に携わる方、研修講師を仕事にしてみたい方など様々な方に是非、手にとってもらいたいです。

『たった2日で組織が変わる! リピート率95% 野外研修 人気の秘密』

【 出版社 】セルバ出版 【 発売 】三省堂書店/創英社
【詳細・購入先】https://www.jowa.fun/book2022

Q.仕事や趣味で繋がりたい方がいましたら教えてください。

記事を読んで頂いて、何か一緒に仕事が出来るかもと思われた方はご連絡いただけましたら幸いです。

企業、団体、チームなど、あらゆるコミュニティで課題を抱えておられる方、講師を副業として、宿泊施設の平日稼働を埋めたいなど、まずはお話させて頂ければと思います。 自分自身が今にたどり着くまで色々と経験してきたことで、同窓生の皆さんの「一歩前へ」をサポートさせて頂ければと思います。

また、メディア関係で取材等でご協力いただける方がいらっしゃいまたらよろしくお願い致します。

Q.最後に仁川学院学生の皆様にメッセージをお願いします。

この約3年間は、誰も今まで経験したことのないコロナ禍の中での学校生活だったことでしょう。

私の実体験である「ピンチはチャンス」という言葉を送ります。

この新型コロナウイルスはまさしくピンチといえばピンチです。人によって、とらえ方が違うと思いますが、私はピンチは“なりたい自分に変わるきっかけ”にもなると思います。 「こうやったら、人とうまくコミュニケーションが取れる」「こうやったら毎日、効率よく勉強ができる」等“物事のうまくいく法則”は頭では理解していると思います。

しかし、なかなか行動に移せない・・・なんてことも数多くあります。

その行動に移せるタイミングがこのピンチという名のきっかけではないでしょうか? 例えば、ある程度お金が財布に入っていたら、あまり考えることなく欲しいものを手に入れるでしょう。しかし財布がピンチだと、よく考えてものを手に入れるはずです。ピンチが訪れると違った角度から物事を見れるようにもなります。 そのピンチが大きければ大きいほど自分の人生の軌道修正を行いやすくなります。

また今、新型コロナウイルスや世界の情勢不安による物価高騰などで、色々な事柄がリセットされています。この大きなピンチの中でのリセットこそ “なりたかった自分に変身できるチャンス“ なのです。そしてこれからは3月、4月を迎え皆様は入学、進級、卒業という大きな自分をリセットできるチャンスに直面していきます。

是非、この新たな4月のタイミングで「やってみたかった事」などにチャレンジし「なりたかった自分」に変身してみてはいかがでしょうか? そして数十年後「2020年~2022年あたりに、仁川学院に在籍した先輩達って、活躍している方が多いよね。その年は何があったんだろう?…あ、コロナの時代?」等と言ってもらえたら、このピンチも素敵ですね!

インタビューを終えて

田中さんは、皆さんに何かを教えている人なので、当然のことながら「すごく魅力的」な人でした。 役者という確かに自身の周りに多くいるわけでない経歴をお持ちで、それを活かして今の成功があられるんだと思いますが、ご自身を大きく見せるとかそういうことではなくて、まさに「等身大」でお話されているのがよくわかって非常に素晴らしい方だと思うし、こういうコミュニケーションの仕方が「予約の取れない」につながっているんだなと感銘を受けました。 是非皆様の中で根本的な「人」の部分でコミュニティを良くしたいと思われる方は是非田中さんにアクセスされてはと思いました。

この度は大変お忙しい中インタビュー対応頂きましてありがとうございました。 今後のさらなるご成功をお祈り申し上げます。