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野球・野球・野球

 

 

野間須  吏(つかさ) 様

卒業:2017年3月

当時の部活動:野球部

お世話になった先生:中川先生・顧問 辻元先生・中尾先生

ご職業 : 電設資材商社

連絡先:Instagram

Q.現在のお仕事について教えてください。

現在は、電気材料・電設資材をメインに扱う会社に就職しており、営業2年目です。

最初の1年は下積みということで、倉庫で商品の出荷や納品の手伝いや、業務の方の手伝いなどをして、2年目から本格的に営業の業務をさせていただいてます。
ちょうど2年目になったばかりの2022年4月の第1週に開催された会社の展示会では、3人ぐらい営業の人たちが体調不良になってしまい、急遽代理で何も分からず、お会いしたこともない方達に挨拶して一緒に回ったりとかと、早速バタバタとしてました(笑)

Q.なぜこの仕事を目指そうと思ったのですか?

まず関西に本社を置く会社で仕事はしたかったっていうのはあります。
あとは現在就職している会社は専門商社で、ある程度の経験を積めば、自分が決めた仕事を自分で責任を持ってできるっていうところが、すごく良いなと思い志望しました。
出来れば自ら進んでバリバリと仕事したいと考えていて、その環境も整っていたので働きたいなと思ったのがきっかけです。

Q.実際に働いてみてどうですか?

僕は全然理系じゃないので「やっていけるかな?」と不安な部分もあったんですが、入社してみると文系の人も多く在籍していて、実際入社後に電気工事士2種の資格も取得できたので今のところは理系じゃないから困ったということはなく働かせていただいてます。
ただ、これから専門的な仕事になっていくと、資格が必要な場面もあるかと思います。
その際、結構、数字も出てくると思うので今のうちに勉強もしていこうと考えています。

また、入社前はサラリーマンっていうのをイメージしてたのですが、実際は営業所の1階にある倉庫で作業服着て電線担いだりという作業もしていて、営業の方も人が見えない所で汗水流して仕事してるんだなと感じ、それが凄くカッコよく思いました。


野球部時代にバッテリーを組んでいた、阪神タイガースの佐藤選手と野球部の友人のお父さんが経営するうどん屋さんにて

Q.この仕事のやりがいは?

自分が携わった建築現場が一生地図に残ることだったりとか、車で運転したら「あ。ここ自分が担当した飲食店やな。」とかそういった事で凄いやりがいを感じています。
担当した建築現場の前を友達と通る時などは「ここ仕事で携わったとこやねん」とか自慢したりします(笑)

Q.仁川学院時代に学んだことで今の仕事に生きていることはありますか?

野球部で培った、忍耐力や自己管理能力などは社会人になっても生きていると感じています。
体調ももちろんですが、自分で決めた目標を達成する為に逆算して実行に移し、決めたこと確実に達成するようにするのも自己管理能力の1つだと思っていて、仕事でも毎年、目標決めるんですけど営業部としての目標、所課としての目標、個人の目標と常に目標がいっぱいあるので、その目標を達成できた時は、学んだとこがまさに生きていると感じる瞬間ですね。

  
仁川学院時代の野間須さん

Q.どんな学生時代を過ごされていましたか?

ひたすら野球に打ち込んでましたね(笑)
小学校1年生からずっと野球をしてきてたので、THE!野球少年って感じでした!

Q.仁川学院卒業後は、どのようにしておられましたか?

卒業後は関西大学に進学しました。
大学時代は塾の先生や焼き肉屋さん、トレーニングジムなど、色んなアルバイトをしていたんですが、そこで貯めたアルバイト代は、ほぼ海外旅行の資金に充てていました。
オーストラリアやインドネシア、フィリピン、タイ、アメリカのLAなどにも行きました。

大学3年の夏頃にインターンをしたり就職活動を始めて、今思えば希望を絞りすぎなくらい絞って活動していました(笑)
僕の希望としては家族の体調のこともあり将来、介護をする可能性があるので関西に本社がある会社、そして専門商社で裁量をもって仕事が出来るという事を軸にしていくつか受けていました。
その後有難いことに何社か内定いただいていましたが、その中で今の会社に決めた理由が本来は全国転勤がある会社や部署なんですが、「関西に配属していただきたいです。」と希望を伝えたところ、快く承諾してくださったのが今働いてる因幡電機産業さんでした。

また、大学4年生の頃にコロナウイルス感染拡大の影響で授業もリモートになったりなど、今までの環境がガラっと変わりました。
初めて行ったのがハワイで、凄く楽しかったので卒業旅行に、もう一度ハワイに行きたかったのですが、それもコロナ禍で行けず、アルバイトも頻度が減ってしまったので数を増やしたりとか、、、

そんな暗いニュースが続いたりする中、アパレルショップでもアルバイトをしてたんですが、そのお店が体育会系の学生が 100 人ぐらい働いて、波長も合っていて、アルバイト仲間と悩みを共有したりして、すごい救われました。
当時はアルバイトがサークルみたいな感覚でした。
今でも、その時の仲間とは仲良くしていて、いい仲間に出会えたなと思ってます。

Q.仁川学院時代の印象に残っている思い出はありますか?

毎年夏頃に野球部で香川に合宿に行くんですが、それがすっごいしんどくて厳しいで有名でして、、、(笑)
何がしんどいって、ご飯の量がとてつもなく多いんです。
チームで食べなきゃいけない量が決まっていて、もちろん絶対に残すことは許されないので、皆でひぃひぃ言いながら食べたりしてました。
楽しかった思い出より、しんどかった事を乗り越えた時の思い出の方が残ってますね。
仁川学院はグラウンド設備とか整っていて夜も練習もできていたので、練習時間も公立高校とかよりは長く練習していたんで本当野球漬けの思い出ばかりですね。


卒業後も定期的に野球部で集まっている様子

一問一答

Q.仁川学院に入学しようと思ったのは何故ですか?

第一希望が公立高校で滑り止めとして受けたってのが正直なところです(笑)

Q.あなたが思う仁川学院の一番いいところを教えてください。

先生たちが凄く優しく、生徒想いの学校です。
高校2,3年生の時の担任だった中川先生も、親身に相談を乗ってくれたり、僕の将来の事を本気で考えてくれて今でも本当に感謝してます。

僕はずっと「関関同立に行きたい」って言ってて、そんな中で学校から推薦がもらえて、ライバルが沢山いる中で関西大学に合格出来て、もちろん凄く嬉しかったんですけど、僕の横で中川先生が泣いてて「こんなに想ってくれてたんや」ってすごい感動的でした。

Q.もし、今の記憶のまま仁川学院時代に戻れるとしたら何をしますか?

真剣に野球をやってたつもりでいたんですけど、今思うと他にも取り組み方があったなと思います。
当時は身体づくりとか栄養とか全然気にしてなかったんですけど、 3 年生の夏の前に筋トレにハマりまして、そのタイミングで打球がめっちゃ飛ぶようになったり、球が速くなったりとかしたんです。
でも引退前だったので気付くのが遅くて、なので戻れるとしたら、もっと早く身体づくりや食事の栄養も考えて野球に取り組みたかったです。
そうしていたら、また違う選手になれたのかなとは思いますね。


集合写真:当時の野球部

Q.仕事や趣味で繋がりたい方がいましたら教えてください。

アウトドア好きな人でテントサウナ持ってる方と繋がりたいです(笑)

Q.最後に仁川学院学生の皆様にメッセージをお願いします。

僕は学生生活の中で一番高校の時が楽しかったので、コロナ禍で大変かもしれないですが、部活・趣味・勉強など自分が打ち込めることを思う存分して欲しいと思います。

インタビューを終えて

野間須さんとは、私が働いてる会社の取引先の展示会で初めてお会いしたのですが、人不足の中一生懸命、丁寧に対応してくださって優しい方というイメージでした。
今回インタビューをする中でも、最初のイメージが確信に変わっていったのですが、バリバリ働きたい気持ちも持ちつつも、家族を守りたい気持ち、どちらも諦めずに今勤めている因幡電機産業で向上心を持って働かれていたり、また中川先生が泣いてる姿に野間須さんも感動するという人の気持ちに対して感動できる一面など、本当に心が綺麗な方なんだなと、、最初に感じた印象は間違っていなかったなと思えました。
野間須さん、お忙しいところ貴重なお時間をいただき、快くインタビューにご協力してくださり有難うございました!

楽しそうにはしゃぐ野間須さんと野球部メンバー